高校生に必要な辞書(4)国語辞典
漢和、英和、古語とくれば、次は国語。
ここで問題なのは、高校生の大半は客観的には国語辞典を使って日本語の読解力と表現力を向上させる必要が認められるのにかかわらず、彼らは「国語苦手~」といいながらも国語辞典を使う必要性を認めていない(知らない言葉は検索すればすぐ分かるでしょぐらいの認識でいる)ということ。
だが第一に、抽象概念の意味は、ちょっと検索したくらいでは理解できない。
第二に、知らない言葉の意味が分かるだけでは、文章の主旨を読み取ることに直結せず、まして自分で論旨明快な文章を書くには至らない。
だから、論旨展開につながる形での語彙の獲得が必要なんである。
たとえば「倫理」という言葉。教科名にもなっているが、「『倫理』って、どういう意味?」と問われて答えられる高校生は少ない。
「道徳のこと?」とでも答えられれば御の字。なぜなら、国語辞典の大半がそうだから。それがつまりは「日本人の平均的知識」ということなんだろう。
たとえば、
▶明鏡国語辞典 3版
りんり【倫理】①人として踏み行うべき道。道徳。モラル。「倫理にもとる行為」「政治倫理」
「道徳」を引いてみると、
どうとく【道徳】社会生活の秩序を成り立たせるために、個人が守るべき規範。「社会道徳・交通道徳」「道徳心」
「人として」と、「社会生活の秩序を成り立たせるため」……「人か、秩序か」ってこと?
ちなみに「明鏡」は、「高校生向け」電子辞書の定番のひとつ。
次に、校閲の基準といったらこれ、というほど「規範」性の高い「岩国」。
▶岩波国語辞典 8版
りんり【倫理】①人間生活の秩序つまり人倫の中で踏み行うべき規範の筋道(の立て方)。「―的」「政治―」
あれ? 「踏み行う」が一緒じゃね? ちなみに以前の「岩国」は
▶岩波国語辞典 5版
りんり【倫理】①人倫のみち。道徳。「―的」「政治―」
こりゃひどい。「倫」がそもそも「みち」という意味だから、「人のみちのみち」ってことになっちゃって、「馬から落馬」「頭痛が痛い」系になっちゃってる。だから変えるのは分かるけど、「踏み行う」はどっから来た?(その意味は明鏡にも岩国にも載ってない――三省堂国語辞典によると「そのとおりに実践する」) そして「人倫」て何?
じんりん【人倫】①人間の秩序関係。転じて、人間の実践すべき道義。
倫理が人倫で、人倫が秩序。秩序って、道徳じゃなかったっけ。で、「道義」とは?
どうぎ【道義】人のふみ行うべき道。道徳の筋道。
はい、戻りました。そして、
どうとく【道徳】社会生活を営む上で、ひとりひとりが守るべき行為の規準(の総体)。自分の良心によって、善を行い悪を行わないこと。
ちなみに、この項目のすぐ右に「堂々巡り」という項目があるのが皮肉。
ちと脇道に深入りし過ぎたけど、「高校生用」と銘打ったものも含め、他の辞書も大差ない。これじゃあ倫理の意味分からんぜ、と思っていたら、すごいのがあった(ようやく本題)。
▶ベネッセ 表現読解国語辞典
が、破天荒。まるまる2ページを使って、倫理について詳述している。
まず1ページ目に、
(1)詳しい語釈(長い例文3つ)、(2)「倫理・道徳・モラル」の比較表(違いとそれぞれの例文長いの3つ)、(3)歴史的経緯――もともと中国の古典で「人として行うべき道。道徳」という意味で用いられたこと、近世の日本では中国の古典と同じ意味で用いられたこと、明治十年代にethicsの訳語として「倫理学」が当てられたことが述べられる。
2ページ目には、
(1)「哲学から見る倫理学」(中国の道徳学と西洋の倫理学)、(2)「倫理学から見る環境倫理」(人類が地球環境と共存するには)、(3)「倫理学から見る生命倫理」(生命倫理は科学の進歩にどうこたえるのか)」という3つのエッセーが、各数百字を費やして書かれている。
こりゃぁすごいぜ。
「道徳」「倫理」の古代中国から受けついできた意味と、西欧から入ってきた「倫理」の概念の違いについて、ほとんどの辞書が無自覚なのが問題なんである。そしてそのことをこの辞書は、鋭く指摘しているんである。
残念ながら2003年の初版から改訂されていないため、それ以降の事柄(たとえば再生医療とかiPS細胞とか)は載っていなくて、ちょっと残念。ただ、土台がしっかりしているから、新たな事実の知識が加われば、同様の文章は苦もなく読めるし、小論文のネタにも困らない。
そして、アイデンティティとか概念とか逆説とか疎外とか…について、こういう1~2ページの項目が、全部で100ぐらいある!
結論:すべての高校生は、ベネッセ表現読解国語辞典を「読め」