近ごろ気になる助詞の使い方。
その一つが、「…を鑑(かんが)みる」
「…に鑑みる」じゃないの? ずっと「に」だと思ってきたんだけど。
まずは「新明国」に訊いてみよう。
▶新明解国語辞典 8版
過去の実例や現在の一般的事情をよく考え合わせて、自分の判断を決める。「時局に鑑みて」
用例は「…に」だけれど、1個だけ。語釈も用例も、初版から変わっていない。
では、新潮現代はどうか。
▶新潮現代国語辞典 初版
ある事柄に照して考える。(古風な言い方)「古へに―みる〔ヘボン〕」
これも用例は「…に」だけれど、やはり1個だけ。
ほかも同じように「…に」の用例を1個あげているだけの辞書が多い中で、「三国」
▶三省堂国語辞典 8版
〔文〕〔判断するときに〕そのことをふまえる。「内外の情勢<に/を>鑑みて決定する」〔「を―」は新しい言い方〕
おっとぉ! 我が意を得たり。やっぱり「を」は新しいのか。
と思いきや。意外な伏兵現る。
▶旺文社国語辞典 11版
手本や先例に照らして考える。「先例を―」
なんと、用例は「を」一択。そして、
▶岩波国語辞典 5版
手本に照らして考える。また、他とくらべあわせて考える。「先例に―みて」「時局を―に」
ここにも「を」の用例が! 「岩国」の5版は1994年。「新しい言い方」とは到底言えない。とはいえ、旺文社が「を」とした「先例」が「に」
次なるは、20年かけて用例を(主として文庫本から)徹底的に収集した最終兵器、渾身の労作にして傑作「てにをは辞典」
▶てにをは辞典(小山一編、三省堂)
「状況を鑑みる」「過去の例に鑑みる」「経験に鑑みる」「現状に鑑みる」「時局に鑑みる」「時勢に鑑みる」「先例に鑑みる」
少なくともこの20年、「に」が圧倒的に優勢だったことが分かる。ところが、ほとんど「に」なのに「状況」だけは「を」。他方、岩国で「を」だった「時局」も、旺国で「を」だった「先例」も、「に」。
謎は深まる。と思ったら、
▶旺文社古語辞典 10版
かんがみる【鑑みる】〔「かがみる」の転〕手本や先例などに照らし合わせて考える。「臣が忠義を―て、潮を万里の外に退け」(太平記)
▶旺文社全訳古語辞典 5版
かがみる【鑑みる】手本や先例に照らし合わせて考える。かんがみる。「たとひ四部の書を鑑みて、百療に長ずといふとも」(平家物語)
▶大辞林 4版
かがみる【鑑みる】かんがみるに同じ。「来し方行く末を―みて/謡曲・清経」
なんと! どれも唯一の例が「を」ではないか!
しかも太平記といえば成立は室町時代。清経は世阿彌作だからやっぱり室町時代。平家物語は鎌倉時代。そして…
▶精選版 日本国語大辞典
かがみる ②…*今鏡(1170)「いにしへをかがみ、いまをかがみるなどいふ事にてあるに」
なんと平安時代で、やっぱり「を」。
むしろ昔は「を」だったってこと?
ちなみに、『「鑑みる」の意味が2つあってそれにより「に」か「を」かが変わる』とか言ってるひとがいるようだが、それは明らかにナンセンス。
岩国は同じ意味のもとに「に」と「を」2つの用例をあげているし、他の辞書も含め「状況」にも「先例」にも、「に」も「を」もつく例があげられているのだから。