『すべての高校生は、ベネッセ表現読解国語辞典を「読め」』とは言ったものの、
抽象概念に考察を加える前に、もっと基本的な国語力・日本語の語彙力を培う必要は当然あって、
それはすなわち、中学から高校にかけて、あるいは中学受験をするなら、小学校高学年から高校にかけて、どのような国語体験をするかということであるんだが、
そこで重要な役割を果たしうる辞書は「中学生向け国語辞典」ということになるんだろうけれど、
これがけっこう各社いい加減で、一般向けを「中学生向け」と言いつくろっていたりするから鵜呑みにはできず、
最終的に「中学生向け」として最近改訂された辞書、と考えると、候補は3つ。
▶旺文社 標準国語辞典 8版2021年
▶学研 現代標準国語辞典 4版2020年
▶三省堂 例解新国語辞典 10版2021年
次の項目で比較。
(1)「断つ」と「絶つ」の使い分け
(2)再生、iPS細胞
(3)倫理、道徳関連
(4)道(漢字項目)
(5)あはれ(古語)
(6)手を出す
(1)「断つ」と「絶つ」
▶旺文社標準国語辞典8版
漢字の使い分けについての言及なし。
▶三省堂例解新国語辞典10版
たつ【断つ・絶つ・裁つ】[一]〔断つ〕①切りはなす。やや古い感じの言いかた。[例]糸を断つ。[類]切る。②さえぎる。[例]退路を断つ。③今までつづけていたものをやめる。[例]酒を断つ。たばこを断つ。
[二]〔絶つ〕①つながりをなくす。[例]外交関係を絶つ。消息を絶つ。[類]断絶する。②おわらせる。[例]命を絶つ。あとを絶たない。
[三]〔裁つ〕…(略)
「断絶」には「断」も入っているが、それについての言及はない。
▶学研現代標準国語辞典4版
「漢字の使い分け」という囲み記事(表)があり、その中に、
断つ:つながっているものを切りはなす。続いているものをやめる。さえぎる。[例]関係を断(絶)つ/後続を断つ/酒を断つ/交通を断つ
[参考]「関係をたつ」のように、つながっているものを切りはなす意味で「断つ」としたり、つながりを終わらせる意味から「絶つ」としたりする場合がある。
絶つ:つながりをなくす。終わらせる。[例]交際を絶つ/消息を絶つ/望みが絶たれる/凶悪事件が後を絶たない
めっちゃわかりやすい。学研の圧勝。
(2)再生、iPS細胞
▶旺文社標準国語辞典8版
「再生医療」「iPS細胞」という項目があるが、「再生可能エネルギー」はない。
▶学研現代標準国語辞典4版
旺文社の逆。「再生可能エネルギー」はあるが、「再生医療」「iPS細胞」はない。
▶三省堂例解新国語辞典10版
3つともない(新しいのに)。
(3)倫理・道徳等
▶旺文社標準国語辞典8版
倫理:人間として行わなければならない正しい道。
人倫:人間として行わなければならない正しい生き方。
人道:人間として行わなければならない正しい生き方。
道義:人として守らなければならない正しい道。
道徳:社会生活を営むうえで、人として守るべき行動の規範。
そして
規範:物事を行ったり、決めたりするときのよりどころとなるもの。「―に従う」
よりどころ:①頼みにする所や物事。「生活の―を失う」②物事が成り立つ根拠となるもの。「何の―もない意見」
根拠:①物事のよりどころ。もとになる理由。
「根拠」の語釈の最初に「よりどころ」を出すと、堂々巡り。一貫性があり、「道徳」だけ違うと言いたいんだなというのが明確だが、「道徳」の語釈は要改善。
▶三省堂例解新国語辞典10版
倫理:人としてあるべき生き方。
人倫:人間の徳。
徳:①多くの人からうやまわれ、したわれるような人格。
「したわれる」は、この辞書に項目なし。
したう【慕う】:①そのほうへ心が寄っていく。「故郷を慕う」②恋しくて、いっしょにいたくてたまらず、いつもそのことばかり考えている。「あとを慕う」「恋い慕う」[類]思慕する。恋する。③そのようになりたいと思って、みならう。「師の芸風を慕う」
語釈に「したう」を使って、小中学生に意味は分かるんだろうか。
人道:人として、当然守るべき道。
道義:人間として守らなければならないあたりまえのこと。
道徳:人が社会の中で守るべき、行ないのきまり。その社会に属する人間相互の約束ごととして生まれたもので、社会や時代によって変化する。
「道徳」だけ、詳しくて分かりやすいが、他はブレブレ。とくに「人倫」
▶学研現代標準国語辞典4版
倫理:人としておこなわなければならない、正しい道理。
道理:①物事の正しい筋道。
人倫:人として守らなければならない道徳。
ん? 語釈に「道徳」?
道義:人として行わなければならない正しい道。
人道:人間としての正しい生き方。人の道。
「人の道」って、そのままやないかい。
道徳:人が社会生活を送るうえで、人として守らなければならない行動の規準。
規準:したがわなければならない決まり・規則。模範となる標準。「社会生活の規準にしたがう」
「道徳」の語釈が、ちょっともってまわってる。
(4)漢字項目「道」
▶旺文社標準国語辞典8版
どう【道】(まずは画数、そしていわゆる「教育漢字」で小2で学ぶという情報、書き順の後、音読み・訓読み、そして、漢字じたいの意味が)
①みち、とおりみち。道中・道程…(以下、熟語13個)
②人のふみ行うべきみち。(道義・道徳ほか3つ)
ちなみに「ふみおこなう」という項目は、この辞書にはない。
③方法。手段。(王道ほか例2つ)。
④専門の学問・技芸。(道場・弓道ほか5個)
⑤言う。(道破、唱道、報道)
⑥「北海道」の略…
この⑤の「報道」の「道」がどういう意味か、センター試験の漢文で出たことがある。
▶学研現代標準国語辞典4版
どう【道】(画数、部首、小2、書き順、音読み・訓読み、そして、漢字じたいの意味)
①みち(道中・道路ほか5つ)
②技芸のやり方(道場・茶道ほか2つ)
③いう。つたえる。(報道・言語道断)
④(昔の)行政区画。⑤「北海道」の略(道庁)
「報道」もちゃんとあるし、「言語道断」がイケてる。
▶三省堂例解新国語辞典 10版
どう【道】(画数、書き順、読み、小2で学ぶという情報、そして)
①[ドウ]道路、道徳、道理、道士、車道、人道的、柔道、報道、(北海道)道庁、
②[トウ]神道
③[みち]道。道端。近道。寄り道。回り道
って、この情報、何の役に立つんだ? 読み方でまとめてる以外の要素、全くないじゃん。
実は、旺文社標準国語辞典に対する三省堂の対抗馬は、例解新国語辞典ではなく、「高校生用」と銘打ったこれ。
▶三省堂現代新国語辞典 6版
どう【道】(画数、筆順、ドウという音が小2、トウという音は高校、と指摘した後)
①人や車などが通る、みち。(例5つ)。
②人のふみおこなうべきみち。道徳・道義/人道
③教え。仏道・伝道・神道
④方法。やり方。常道・王道・邪道
⑤専門のわざ。柔道・剣道・茶道・書道
⑥言う。道破/報道
そして、再生医療もiPS細胞も載っている(ただし、再生可能エネルギーはない)。
(5)あはれ
▶旺文社標準国語辞典8版
この辞書には約140の古語が載っていて、「あはれ」には「源氏」から3つ、「枕草子」「新古今」「平家」から1つずつの用例(全訳つき)。
▶学研現代標準国語辞典4版
には、巻末に「古語小辞典」がついていて、ざっと200ばかりの古語が載っている。「あはれ」の用例(全訳つき)は「枕草子」から2つ、そして「新古今」「平家」から1つずつ。
他方、三省堂の二つの辞書に「あはれ」はなく「あわれ」しかない。その意味として②しみじみと心に深く感じられるおもむき。例「旅の哀れ」とかって書いてあるけど、「哀れ」という漢字を「趣のある」という意味で使っているのをワタクシ、数十年間見たことありませぬ。「てにをは辞典」には50以上「哀れ」の用例があるが、そんな意味で使われていると見られるものは1つもないぞ。
(6)「手を出す」
一般向けの辞書だと
▶三省堂国語辞典8版
⑦性的に親しくな(ろうとす)る
▶明鏡国語辞典8版
④誘惑し、関係する
というR15的語釈があるものが多い中、
▶三省堂現代新国語辞典6版
⑤女性と関係する。
これはさらに男目線? 他方、
▶三省堂例解新国語辞典10版
①自分もくわわりたくて、はたらきかける。「よこから手を出す」②けんかをしかける。「先に手を出したのはどっちだ」③ちょっとやってみる。「株に手を出して、失敗した」
これは、R15的語釈がない。
▶旺文社標準国語辞典8版
①物事に関係する「株に―」②暴力をふるう「かっとなって―」③物をこっそりと盗む「店の商品に―」
これも、R15的語釈がない。
小中学生には、R15じゃない方が薦めやすい。いやそもそも、このR15的語釈、要る?
▶学研現代標準国語辞典4版
①新しく始める。②余計なことをする。
R15的なのないけど、暴力もない。暴力もR15?
何はともあれ要するに、現代国語に関しては一長一短あれど、三省堂が突出しているわけでもない。また、旺文社・学研が「中学生レベルの古典には適応可能」なのに対し、三省堂は「それは他の辞書かなんかでやってくれ」というスタンス。
そういうわけで、結論。
「小5(すなわち中学受験)から高校(少なくとも1~2年)までもつ辞書」は、
旺文社標準国語辞典8版
と、
学研現代標準国語辞典4版
甲乙つけ難し。
薄さと軽さは学研の勝ち(三省堂例解新国語辞典10版とページ数はほとんど変わらないのに、薄さは圧倒的)。