1986年まで、高校生向けの古語辞典といえば
▶旺文社古語辞典 初版1960(10版増補版2015)
が定番だった。ところが1987年1月に、革命が起きる。
▶小学館 全訳古語例解辞典
が、用例すべてに現代語訳をつけて登場。「英和辞典では、用例文に日本語訳をつけるのが常識です」という編者の言葉には、「その通り!」と膝を打った。これは圧倒的支持を得て、さらに3年後の1990年1月、
▶小学館 全訳古語例解辞典 コンパクト版
でダメ押し。この頃、「全訳」は固有名詞だった。
ところが、旺文社の反撃は早かった。1990年11月、
▶旺文社 全訳古語辞典
小学館の「全訳」が出てから3年10か月。突貫工事で全訳を進めたんだろう。そして現在、旺文社の「全訳」は5版(2018)。さらに三省堂が1995年、
▶三省堂 全訳読解古語辞典
で追い打ちをかける――こちらも今は5版(2017)。それに対し、小学館の「全訳」は3版(1998)で、コンパクト版も同じく3版(2001)で止まっているから、小学館の「全訳」は、旺文社の巻き返しと三省堂の攻勢の前に、販売面では敗北したと言わざるを得ない。さらにその後、
▶ベネッセ 全訳古語辞典 1996(改訂版2007)
▶角川 全訳古語辞典 1997
▶大修館 全訳古語辞典 2001(新全訳古語辞典2017)
▶学研 全訳古語辞典 2003(改訂第2版2014)
と、各社の後追いが続き、小学館も何とかせんといかんと思ったか、窮余の策で
▶小学館 全文全訳古語辞典 2003
を出したが、いかんせん奇を衒いすぎで、成功したとはいえず、角川とともに沈んでいると言わざるを得まい。
(ちなみに、岩波はこのバトルに加わっていない。ハナから高校生を相手にしていないからだろう)
ただし、「売れればいい辞書」というわけでないのは勿論で、問題は内容。
次の4つの項目で比較してみる。
(1)「なかなか」
(2)「うたて」の項目に「うたてし」の語幹が載っているか
(3)「れ」
(4)「の」(格助詞)
(1)まず、「なかなか」。これを、副詞の「なかなか」と形容動詞の「なかなかなり」に分けて立項していたベネッセ、角川、大修館、学研は失格。中心義は同じなのだから、分けるのは論理的ではない。
(2)他方、残った3つの辞書とも「うたて」と「うたてし」は別項目を立てているが、そのうち小学館は「うたて」の項目に「うたてしの語幹」という子項目を入れていない。これはマイナス。とはいえすぐ後に「うたてしの語幹との判別」についてのコラムを入れているので、まあよしとする。
(3)次に、残った辞書で「れ」を引いてみる。小学館には〔「れ」の判別〕という項目があるが、旺文社と三省堂にはない。
ただ、旺文社も三省堂も「れ」の項目として、助動詞「り」の已然形、助動詞「り」の命令形、助動詞「る」の未然形、助動詞「る」の連用形、を立項し、それぞれ用例もあげて説明しているから、次善ではある。
(4)格助詞「の」の分類・語釈・用例は、小学館も旺文社も過不足なし。
ただ三省堂のは、[補説]の[ポイント]の中で『現代語にはない③の「同格」と⑥の「類似・比喩」の用法に注意』という訳の分からん説明がついている。いやいや、現代語の格助詞「の」にも「同格」ありますから。
三省堂のこの辞書には、ほかにも冗長だったり意味不明だったりする説明が散見される、たとえば「なかなか」の[チャート]の説明など、約200字も使っているが全く要領を得ない。(そもそもこの[チャート]というもの、「語義要説」とほとんどダブってるし)。というわけで、三省堂はあまり推す気にならない。
総じて、小学館の「全訳」は、なかなか出来がいい。単に「全訳」のインパクトだけで売ってたわけではないということが分かる。
しかも「コンパクト版」は、判型を小さくしているわけではなく、収録語数を減らして薄くしているので、見やすさは変わらずにスリムで持ち運びしやすい(最終頁のノンブルが、旺文社1439に対し小学館「コンパクト版」1044)。おまけに語数を減らしたといっても1万5千以上あるから、少なくて困ることはまずない。
20年以上改訂されていないが、下手な改訂は逆に改悪になる場合もある(余計な囲み記事や付録ばかり増やしてゴテゴテにしたりする)ので、お願いだから絶版にだけはしないで、末永く売り続けてほしい。